大迫力の恐山へ 新潟・東北車中泊旅6日目③からの続きです。
さて恐山菩提寺から地獄めぐりへ参りましょうか。
地質などの知識は皆無ですが、隣にある宇曽利山湖はカルデラ湖なのでこの辺りは過去に噴火した火口跡と思われます。
ここ一体だけゴツゴツした岩場が広がり、足元の白い砂も少し大粒の鋭い形をした砂利のようなものです。
こんなゴツゴツした風景と相反して、心の中は静寂そのもの。
自分が生きているのか、死んでいるのか分からないような、まるで死後を体験しているような錯覚に陥ります。
だから『きっとここに帰ってくる』と直感で感じるのです。
その中に風車に囲まれた大師堂がありました。
大師堂と言っても弘法大師ではないでしょうが、心に思い浮かべる相手は自由で構わないでしょう。
大師…仏、または菩薩の総称。朝廷から高僧に賜わる号。
大師堂から振り返ると恐山菩提寺が下に見えます。
恐山菩提寺は、この異世界の中のほんの一角にあります。
宇曽利山湖が見えてきました。
右下の石碑にはお馴染みの般若心経が刻まれております。
ついつい口ずさむ、発音だけは血肉となったお馴染みのお経。
至る所に温泉が沸き出し、硫黄の臭いと成分による変色が見られます。
大地の力を感じますし、そのエネルギーを身体に取り入れて帰りたいですね。
目には見えないけど、確実にそういうエネルギーはあるでしょう。
“人はみな それぞれ 悲しき 過去持ち 賽の河原に 小石積みたり”
本当にそう思います。
人から見れば、俺の人生は奇妙で波乱万丈の嵐でしょう。
“人生の浮き沈みが激しく、劇的であるさま”と言う意味の波乱万丈を、何故か人は美談として“最後は勝つ!”と思われておりますが、その殆んどは“越えることができず…”不幸な結果と俺は思っております。
簡単な話でも、簡単な世界でもありませんし、人は出来るのに変化を恐れ挑みません。
シンプルに“腹を括る”のです。
それでも皆、悲しき過去も未来も持っていることが、この道を通れば分かります。
いい意味でも、悪い意味でも、皆、力強く生きています。
俺は見て見ぬことが出来なかった、たったそれだけのことであります。
「なぁ…、地蔵さんよぉ」と、俺は全ての人の中に“カミ”が居ると思っているから、神や仏にも恐れることなく、素直に問いかけます。
また一つ“精神疾患”と差別されるような人達との交流の場を設け、日に日に“歪み”を感じるようになってきました。
その人達は心が傷付いた経験により、その人達の心の中にある鏡が凄く曇っているのが見えます。
だから、こちらが伝えたことを歪んで映し取ってしまい、それを望まぬ形で反射させてしまいます。
その心の中にある“カガミ”を長い年月かけて必死に気づき、磨くことは簡単な話ではありません。
自分の心から“利己的な我(ガ)”を出来るだけ取り除くことが大切です。
それによって人の心の“カガミ”から“我(ガ)”が取り除かれ、“カミ”が姿を見せます。
精神的な病名を貰っていない人だって程度の差だけあって、心は凄く曇っています。
他人には通用しない“普通”と言うものを皆持っておりますから、それはおかしなことではありません。
だから自分の心に曇った鏡を想像してみて、綺麗な白い布で磨くイメージを俺はずっと持っております。
俺の心は汚れすぎていますから…。
岩から染み出す温泉に“他”を感じ、1年に数回訪れる季節の変化と、それに反応する持病の鬱に、自己中心的がそぎ落とされる。
俺はこの世の一部でしかなく、この世の全てが俺ではない。
凄く高いプライドなのに、凄くちっぽけな自分。
人の悲しみは見える形として表現され、相手を思っているようで自分を慰めているのだと、結局こうして遠くまで足を運び、色んな景色を見たり、色んな経験をしたりして、自分の“生”に折り合いをつけて止まってくれぬ胸の鼓動に呼吸を続けるしか無いのでしょう。
恐山編、まだ続きます。
ここを語るに1話で済むはずありません。
そんな素晴らしい恐山に、生きてる内に一度はおいで。
「いつか行こう…」って、行くなら、今でしょ?
「コロナ」?
「生きてるうちに」と言ってるのです。
このコロナ禍の数年間、一体何をしてたのですか?
尻叩く、ペンペンペンと、俺叩く。