幾つの枝の上を歩き必死に遍路道に食らい付いただろう?
本当に体力の消耗も激しいし、その度に立ち止まり『ここは越えられるだろうか?』と悩む。
1つ1つが山のような枝なのです。
その間にも丁石はあちこちに見られる。
これだけ沢山あれば…、きっと今ごろ何処かの土砂の中に…。
林業の作業前に遍路道(登山する人もいる)の保護について考えられなかったのだろうか?
歴史を見れば神仏分離による廃仏毀釈や廃城令など、後になって貴重と判断された物も多い。
遍路道もその1つで今までどれ程の遍路の遺産が切り裂かれたり、捨てられたりしたのだろう?
『遍路を世界遺産へ』という動きは既に長く行われているが、そんな時にも失われそうで、傷付けられてる遍路道も多くある。
何故、同じ過ちを繰り返す?
過ちを繰り返すのは紛れもなく、それが人間というものだが、そうしない為に何かを継続することはアル中で欠落者である俺でも理解できることだ。
多くの遍路石は現在ある場所にあったわけではなく、ある物は橋桁として使われてた物が橋の架け替えで発見されたり、
工事中の土の中から掘り起こされたり、日本各地から来た工事業者が自宅へ持ち帰る中、保存の声が上がったと聞いている。
果たして今、未来の遍路に向かって出来ることって何だろう?
俺は、その何よりもの1つが、
『歩くこと』だと思っている。
そして出来ればそれを1人の経験で終わらせることなく『分かち合う』こと。
今の時代の(電子)遍路石として道標を体験談として残すことだと思う。
見向きされなくても、色んな道を、色んな札所を、色んな遺跡を。
信仰の道を、空海の足跡を。
小学卒の実績しかない俺でも、小学生の文章でこうして残せるんだ。
幾つ目だろう…。
よくここまで怪我も遭難もなく、犬もお山さんも必死に飛び付いて来てくれた。
振り返り、写真に収めたかったのは丁石の乗っていた台座なのだろうか?
それとも必死に乗り越えてきた2メートルはあろうかという枝の山だろうか?
『また切り裂かれてる…、こんなギリギリにも丁石が…、辛うじて生き残ってる…』
赤いテープを見て大体の予想は出来た。
ここの出口は高すぎて下りられなかった。
俺はアホだから下りた。
1人下りれば後はどうにかなるんだ。
幼い頃から山に何度も捨てられた俺だから、生き残る道を自動的に考える。
崖を幾つ登らされただろう?
だから俺は高所恐怖症となってしまった。
馬鹿は高い所が好きらしいが、
俺はアホだから嫌いなんだ。
いや、どっちも同じ意味らしいが。
親父『もし、遭難したら電線の鉄塔を目指してそこから動くな』
5歳程度の俺にそう伝え、山に捨てていく親父のこの言葉が、四国の山中を歩いてると必ず思い出す。
俺『親父…、電線の鉄塔ってな、あんまねぇんだよ』
切り落とされた遍路道。
再び始まる遍路道。
後半になるにつれ勾配は増し、崖のようだ。
あまりの急勾配に、次の切り裂かれた道が真下にみえる。
1つ1つの入口と出口に酷く時間も体力も消耗し、
元々見通しの立っていなかったこの日の予定だったが、この時点で既に3時間は消費していた。
写真では分からないけど、この崖で2メートルは超えてると思います。
この上に自分の目線までの高さが来るわけだから本当に怖い。
意外と犬も臆病で、運動神経も悪いので、顔から落ちてきたり、飛び降りたがらなかったり、必死です。
矢印なんて入れたくない写真も、入れないとただの山の写真になってしまう。
『ああ…、次の切り裂かれた道がまた見えてる…』
凄い勾配だ。
また崖を飛び降りるのか…、この20kgを超える荷物を背負って…。
お願い、切り裂いたら、簡単な階段やロープでいいから補修してください。
林業も遍路道もどちらも凄く大切です。
残って欲しい。
未来に、
沢山の遍路が歩いた信仰の山の大切な篠山道。
何を思い歩いたのだろう…、胸が苦しくなる。
切り裂かれた道の予約が2つ入りました。
崖を飛び降りる準備をしてください。
活動限界まであと70%
『俺ってターフー! なぁ、親父よ』
とはいえ、遂に人間の出来ることの限界が来ました。
この壁のような斜面に積み上げられた枝の山。
下を覗き、遂に『ここは無理だ』の判断です。
もう、どう表現したらいいでしょう?
悔しいんです。
それしか言えないほど、悔しいんです。
ここまで必死に遍路道に、危ない思いをしながら食らい付いてきたのに、これはどう考えても乗り越えられない枝の山だったのです。
俺『悔しいけど、林業道を歩こう…』
って言っても、この林業道は何処に向かってるんだ?
俺『右に?左に?どっちやろうかね…、ちと待ってて』
探索に出かけて、遍路道の方向に迂回し、下りてきた左を選択して進んだ。
かなり大きく迂回して、
これだけ削られた道を歩き、遍路道の出口を探すが見つからない。
俺『ここ、遍路道進んでも下りられなかったね』
3メートルはあったのではないか?と思う。
結局、歩いても位置的にあるはずの遍路道の出口が全然見つけられなかった。
俺『マズいね』
俺『しかも登ってるね』
そして、その林業道はまさかの行き止まりを迎える。
俺『完全に現在地を見失った』
俺『遭難したよ』
お山さん『そうなんだ』
とはお山さんは言ってくれなかった。
何故だか俺って、やっぱり精神障がい者だし、虐待育ちだし、アホなんだと思う。
追い詰められるほど、感覚が研ぎ澄まされたり、やる気に満ちるんだ。
親父『生き残れ』
俺『お前は死んだじゃねぇかよ』
あんたのやってたことは間違いだったけど、
全てが間違ってたわけじゃないと、本当に思う。
それは遍路をしてると、とても強く感じるんだ。
雨水を溜めたり、食料の計算をしてたり、1日歩き疲れた後の買い出しやコインランドリーだって、
親父『生き残れ』
はいはい。
そーしますよ。
いつになったらそっちに行けますか?
酒と薬に支配されてた頃は敵だと思っていた神や仏だって、今は俺の味方をしてくれてる。
全ての道が無くなったとはいえ、その時から俺の目には下を流れる秡川が見えてたんだ。
だから俺の中では既に『どこを下るのか』を考えてたんだ。
谷に落ちないように、
秡川があるってことは、そこがゴールなんだ。
ゴールが見えてる以上、簡単じゃねぇか。
念のため、切れた作業道の先まで行ってみた。
そこで目を凝らす。
お山さんは先ほどからガードレールと道、そして橋っぽいのが見えたと言うが俺には見えない。
俺『ここ少し下れそうだから、確認してくる』
ゴロゴロの岩場を慎重に歩きながら下った。
すると、そこにあったのは恐らく遍路道だった。
綺麗な道が左へ右へと延びていた。
俺『道があるー!』
お山さんにそう伝え、下っている右の道へ進み目線を下にやった。
そして、目に入ったのは、
ずっとここに来たいと思っていた金前橋と祠、幾つかの石碑だった。
俺『金前橋があったー!下りてきてー!』
そう叫び、犬達を迎えに登る。
まさか切れた道の先から道を見つけるとは。
ガレガレの岩場。
あそこだけは今までの茶色い土とは違った、谷とでも言おうか、灰色のガレた道だった。
下山を開始して約3時間半後の12時前に、標高約330メートルの金前橋まで無事帰還。
恐らく登山道の倍はかかっただろう。
人の手により、とても大変な目にあったが、辿ったコースは最後の迂回を覗けば理想的なコースを辿れた。
金前橋は写真の俺の時計のやや左上に写る小さく薄いコンクリートの橋だ。
その少し上に見える石垣は秡川温泉の湯屋と言うのか、源泉っぽいところだった。
さて、篠山はなんとか下りましたが、まだ満願寺まで続く篠山道は終わっておりません。
この後、あんな試練が待っているなんて、
当時の俺はしれんかった( ´艸`)
以下、篠山道を歩きたい人へ。
「で、この道は安全ですか?」と問われれば、俺は他人には勧めることは出来ない道だと思う。
今までネット上での悩みは「人が通らなくて荒れているだろうから遭難が心配」だったと思うけど、その悩みに関しては、
「恐らく遭難はしないでしょう。ただし店や自販機は少ないので準備をしっかり」と俺は答える。
しかし事情はこれを書いている今も変わり続けていると思う。
作業道は今も掘り進められているだろう。
荒れてもなく、遭難の確率も低かった裏参道を人の手によって今でも大きく危険にしていっております。
つまり作業道との合流地点までは安全ですが、その先から俺たちのような道を辿るのは怪我の可能性が高いので勧められません。
歩いて欲しいけど、残念ながら色んな意味で危ないです。
金前橋を目指すか、作業道を下り車道を目指すかによっても話は変わります。
ここからはいつもの御託。
正直ホッとしている。
それは下山の安堵ではなく、この篠山道を苦戦しながらも歩いた以上、脳裏に強く記憶された。
俺は只でさえ虐待育ちのPTSD脳だし、自分に発達障害を疑った時期もあるほど一度見た風景は強く残る。
それはつまり、篠山道が破壊されても、復元は可能と言うことを意味する。
直せる。
直せますよ。
心配なのは捨てられる可能性の強い丁石などの保護について。
どうしたらこの道の保護ができるだろうか?
俺の経験上、口にしたことは遠い将来実現化している。
だからこれをこの場に置いていこうと思う。
宝くじ当たれー!(まず買えよ)
俺は篠山道を守りたい。