篠山神社から尾根道を丁石と高度計と睨めっこしながら歩き、左折の下りから水盤を見つけ安堵しました。
お山さん「休憩しようよ」
俺「うん、俺もそうしたい」
このポイントを見つけることに全力を注いでいたので、とても緊張しながら歩き続けておりました。
何故こんな山の中に水盤があるのだろう?
「明治三」「吉田(吉日?)」までは読めるが、下手に手を触れ傷をつけたくなかったので触れなかった。
ネットで情報を得てからとても不思議だったが現地に来るとその理由はわかった。
ここには現在でもほんの少量の水の流れがあった。
水溜まりにもならない程度の量であったが、山中では水はとても貴重な存在であり、何処にでも湧き出るわけではない。
今となっては水盤に水を引き込む水の道は無かったが、知恵を働かせればこの少ない水でも十分に機能しそうで復活させたいと思った。
寛政十二年(1800)に書かれたと言われる四国偏礼名所図会には「加持の水 十四丁目にあり」と記載されているそうです。
地べたに座り休憩を取りながら犬にもおやつで栄養を送る。
俺とお山さんは食料の節約モード中。
一応あと4食程度は持っているけど、今日から明日の昼、夜まで、食料を調達できる確証が無い。
確実な情報は宇和島であり、到着の予定は現時点で早くても明後日の昼である。
いつもなら間食を入れている時間なのに、過酷な遍路中に間食をとれないのは少し辛い。
目標としていた水盤まで辿り着き、緊張も解けたので休憩を終えて出発する。
予想されていた雨は今のところパラパラする程度で、有難いことに全然問題ないレベルだ。
立ち上がると歩いて来た方に丁石っぽいものが目に入り近寄った。
苔に埋もれた舟形の丁石だった。
目を凝らせば本当にあちこちに遍路道の名残がある。
イエローブックにも記載されていない道に何故こんなにも多くの丁石や道標、そして「へんろ」の文字があるのだろう?
奥が深い…。
本当に遍路の世界は奥が深い。
たった3巡目ではまだ表面的なことしか理解できていない。
遍路の経験を重ねるほど自信よりも、自分の無知と経験の不足を痛感します。
下り始めて、また台座を見つけた。
ここの主人は何処に行ってしまったのだろう?
欲を言えば一つは所有したいが、これは遍路と言う皆の財産なんだ。
とは言え、捨てるなら下さい。
ここの裏参道は逆打ちだと絶対にキツイですね。
これからますますその角度は増すこととなります。
先ほど標高700~800m付近の水盤で休憩している辺りから、採石場で重機が動いているような音がずっと聞こえていました。
下を走る道路に採石場があるのだろうと、人の気配にこの難所のゴールを感じ嬉しく聞いておりました。
しかし、途中からどうも様子がおかしい。
まだ標高も高いのに重機の音がどんどん近くに聞こえてくる。
いやな予感は的中しました。
遍路道の真横を走る作業道と、たった今、土を掘りながら作業道を作り進んでいる重機。
そのすぐ後ろで木を伐採している重機。
見てる間もどんどんと山を削り道を切り開いていってます。
幸い遍路道を迂回して作業道を作っているのでしょう。
この辺りは木を伐採した痕跡はありますが、重機が遍路道を切り裂いてはいませんでした。
標高600m付近で重機は活動しており、先ほどからご覧の通り、ここ辺りから丁石のラッシュポイントでもあります。
とても参考にさせて貰っているえひめの記憶には「尾根沿いには4体しか確認できない」と書かれておりますが、尾根から下る道では丁石含め10体近くは比較的簡単に確認できました。
「雑草で道を見失うほど荒れている」場所も今のところ1ヶ所も確認しておりません。
しかし、ここら辺からどうも様子がおかしくなってきました。
作業道がどんどん近づいて来ている。
いやな予感しかしません。
そして、
遂に遍路道が切り裂かれ、遍路道と作業道がクロスします。
こうなると一気に遍路道がどこなのか分からなくなります。
それに丁石のラッシュポイントであるこの区間に掘り捨てられた遺産が無いか心配になります。
作業道の土の色が削られて間もないことを物語っております。
いやこのくらい俺にも理解できます。
普通の人には遍路道より林業の方が圧倒的に大切でしょう。
しかし俺を愕然とさせたのはこの先のことでした。
切り裂かれた遍路道の先にある入り口に、無残に投げ捨てられ積み上げられたままの残骸。
因みに掘られた溝は遍路道とは関係ないと思います。
ここからあそこに遍路道の続きを見つけるが、軽く1mは積み上げられた不安定な木の残骸に「ここって進めるの?」と立ち尽くします。
危険を冒しこの上を歩き遍路道に下りるのか?
この重い荷物を背負って、犬を連れて?
考えてみてください。
山中であるここで突然遍路道を逸れたら俺たちは何処に向かうのでしょう?
確かに作業道がある以上、いつかは車道に出れるので遭難はしないでしょう。
しかし、作業道は一本道ではなく、あちこちに枝分かれしており、そもそもこの道は何処へ向かっているのでしょう?
この先の遍路道を探すにしても、遍路道もどの角度でどこに向かっているのでしょう?
この2つが再び交差するとも限らない中で今後のことを考えなくてはいけません。
俺は自分の現在地を見失うことを遭難だと思っているので、それはつまり簡単に遍路道から離れることは出来ないということなのです。
今となって現在地を把握できるのは遍路道の存在だけで、それをもとに高度や地図から現在地を予想しております。
この道を下山するしか術はなく、更にそうさせるのはこの下山のラストに立ち塞がる秡川渓谷を渡る唯一の手段である金前橋にピンポイントで出ないといけないことなのです。
山中ではGPSで現在地がわかったとしても、何処でも下れるわけではないのです。
この枝の上を歩いて枝が折れたり、足を踏み外したりしないだろうか?
犬も着いて来てくれるだろうか?
急勾配の下りの遍路道なので奥に行けば行くほど積み上げられた枝の残骸と遍路道の段差は大きくなります。
ここは貴重な遺産である遍路道であり、登山道として使う人もいるのに、保護されるどころかこの有様です。
高度を下げていくにつれて、1つの枝の山を必死に越えて遍路道を進んでもすぐ先で再び作業道とクロスするようになりました。
そのたびに積み上げられた残骸の上を慎重に歩き遍路道に下りる。
斜面を削っているわけですから、その遍路道の出口は当然2メートルほどの崖になっています。
そこをどうにか下りて、次へ、次へと。
そして、
いくつめかの入り口で目にしたのは無残にも折れて横たわっている丁石でした。
何故かこの場所だけは残骸が除けられている。
丁石に駆け寄り確認すると「町」から上は折れて無くなっていた。
俺はこの丁石は元々折れていたもので、この場に倒れていた物と思いたい。
ただ、この丁石ラッシュポイントでこれだけ迂回を繰り返す作業道と遍路道がクロスしているなら、作業道を切り開くために掘り出された土と一緒に、何個の篠山道の遺産がダンプに乗せられたかと思うと俺にクレとても悲しい。
本当に迷ったけど、このまま枝と共に捨てられるのなら…と、俺は凄く嫌だったけど近くに丁石を移設した。
本来ある場所では無い場所に…。
冗談抜きで失うくらいなら持って帰りたい。
それほど俺にとっては古の遍路の遺産が大切なんだ。