遍路

まさかの展開に涙 区切り遍路41日目のはずだった日

英雄たちと眠る 区切り遍路40日目④からの続きです。

 

昨日は松山市北条から今治市まで約25kmを歩いて来た。

そして出発前にお山さんが計画していた野宿予定地である墓地に1日早く辿り着き、そこで一夜明かした。

今日は今治市の札所を5ヶ所済ませ、西条市小松にある難所で有名な60番札所横峰寺の登り口まで歩く予定。

 

しかし…、

 

天気はこの旅唯一の雨予報。

その天気予報が外れることを祈るが、どうも当たりそうな雲行きだった。

 

それを見越して昨晩、お山さんから提案があった。

 

お山さん「車を回収に向かう日を明日にして今治まで車を運んではどうだろう?」

 

確かに、車を停めている愛媛県久万高原町は交通の便も悪く、現在いる今治市から松山市経由でJRとバスを乗り継いで3時間以上はかかるだろうか?

そして車を回収した後に今治まで戻ってくるのに2時間は見ていた方がいいだろう。

毎度のことだが我々は電車に2人で乗ることが出来ない。

そうさせるこの子達とテントで待つ係と、車を回収する係に分かれなくてはならないのだ。

 

確かに雨予報の今日を車の回収日として今治まで車を運んでおけば、旅を終えた後もまぁまぁスムーズに車を回収することが出来るし、濡れずに歩ける。

今、一番ベストな選択肢だ。

 

しかし…、それには犠牲も伴う。

せっかく現代から離れたレトロな歩き旅をしているのに、その途中で文明の力を借りると言うことは、一気に現実に引き戻されてしまい、思うよりずっと熱気が冷めてしまうのだ。

何事も経験や修行と取れば、こんな遍路もあるのだろう…。

俺はお山さんと犬をテントに残し、今治駅へ向かった。

毎度のことだが心は凄く曇っている。

慣れた土地とは言え、長時間バラバラになることに心配もあるし、車の鍵をちゃんと持ったか?とか、放置していた車は安全だろうか?、無事動いてくれるか?とか、

バスや電車の乗り換えなど慣れない事に、いざ、この立場になると不安になるものだろう。

切符販売機と睨めっこして、何番ホームだか、恐る恐る慎重に電車を待つ。

勿論、臆病だけに早めに到着している。

電車が来るまで時間があったので椅子に腰かけ、珍しい風景を見ていた。

すると、ホームから見えたのは、ビーニャさんと通して歩いた時に泊まったホテルだった。

 

「懐かしい…、あの日も喧嘩したな…」

 

昨日歩いた道を喧嘩しながら歩いた思い出。

切っ掛けは何でもないような、疲れていたのか、不安が強かったのか、本当に何でもないこと。

それでも俺は彼女に美味しいものを食べさせたくて、一日歩いた後のホテルから往復3kmの夜道を、すき屋まで牛丼を買いに行ったんだ。

 

そして視線をずらすと…、

 

「あっ…」

 

一気に切なくなった。

 

「そう言えばここだったな…」と、つい口から出たのは駅前にある母と泊まったホテルだった。

 

あの日、初めて母の老いを認識したんだ。

1日札所を走り回って、夜遅くにここに辿り着いて、母が駐車場で車をぶつけた思い出。

毎度のことだけど、あの頃の苦しかった記憶が一気に蘇る。

苦しくて、苦しくて、しかし、我が身に何が起きてるのか、そして、どうやって解決すればいいのか、全く分からず”遍路”に救いを求め母と走り回った思い出。

あの頃はまだ虐待の記憶に支配されていて、酒も薬も酷く飲んでいて、母にも凄い暴言を吐いていて…。

母も、俺も凄く苦しんで必死だった。

 

四国の何処もが、そんな記憶で埋め尽くされ、

時間通り到着した電車に乗り、本当に沢山のことを思い出し、

旅途中の興ざめにも落ち込み、外を眺めていた。

「昨日歩いた道だ…」

 

何を言わなくても「頑張ったなぁ…」と遍路の後だけは自分でそう感じれる。

見ることが叶わない2人と2匹が歩いている姿を色んな角度から想像して景色に照らし合わせた。

 

「今回もここで喧嘩しちゃったなぁ…」

 

色んな思いでいたところ、急に電話が鳴った。

 

そんな予感はしていたから、お山さんの開口一番でこの旅の終わりを認識した。

 

お山さん「コロナで職員が足りなくなったって…」

 

俺「うん、どうしたい?」

 

お互いに、目には見えない大きな力の存在を既に感じていた。

 

お山さん「帰るべきって言ってる」

 

俺「俺もそう思う…、途中で旅を終えるのは凄く悔しいけど…」

 

昨日も喧嘩した。

今日は雨遍路から逃げた。

そして、車を回収に向かっている時にこの電話。

 

流れは「抵抗するな」と言っている。

 

何かそんな気がしてた。

 

松山駅からバスに乗り換え久万高原町へ向かった。

景色を見ることが何より大好きだから、前の座席に座り、泣いていた。

 

以下、当時の記録。2022年、3月1日。

 

突然ですが、残り4日を残してこの旅を中断することになりました。

本当に悔しい限りです。

理由を少し濁して書きます。

 

車を回収に向かう俺の元に届いたコロナウィルスの話。

 

「出れません!まだ半分連休が残っています」の一言で済む問題も、直感では自分を超えた大きな力の流れを感じました。

相談してきたお山さんも同じことを感じていたようです。

 

「引き受けようか。旅を続けたいけど、流れがね…、雨も、車回収に向かっているのもそんな意味なのかな?帰ろう。」

 

その流れの大切さに気付いている風でも自我がこう叫ぶ。

 

「俺はまだ旅を続けたいんだ。他を当たれ!」

 

「今回の旅に3ヶ月も待ったんだ!」

 

「先月の3連休も急な人手不足で直前に潰したじゃないか!?」

 

しかし、ひとつ問いたいと思います。

 

遍路とは何でしょうか?

 

四国を歩くことや、88個の寺へ行くことだけが遍路だとしたら、俺達は明日からも歩き続けることが正解となりますが、その修行は地元に帰ると何も生きないことになる。

 

しかし、俺の学んだ遍路はそうではありません。

 

自分を超えた大きな力の声に耳を傾け、病的に強すぎる我を抑え、

自分の我がままよりも、大きな流れと調和しようとすること。

何でも周りと合わせることとは違って、もっと大きな流れに耳を傾ける。

 

ギブアンドテイクと言うより、

ギブ、ギブ、ギブ、アンド、テイク?

 

沢山のギブに、たまにはテイクもポロリ?

 

でも本当は涙がポロリ?

 

生まれてきたお役目とでも言うのか?

今まで沢山の人にテイクばかり求めて生きてきたもんね。

他人の気持ちを吸い続け、吸い続け、ギブはせず、ただ威張り散らして…、本当にカッコ悪…。

 

返さんと…、少しずつでも。

 

まだ歩きたかった。

悔しい。

 

もしかすると、空海か薬師さんが、これから先に起きる危険なのか、幸せなのかを教えてくれたのかもしれないね。

そう思わんと、バランス取れないや。

犬達も言葉に出せないけど辛いのかもね。

俺も、今回は毎日が殆んど睡眠取れなくて、ウクライナのことで何故か凄くショックを受けていて、遍路に全く集中できていなかった。(終)

 

 

その後、早い段階で旅の続きのチャンスが舞い込んだ。

そうなることも大体わかっていた。

少しおまけがついて戻ってくると。

世の中、そんなもんでしょう。

 

次回からその旅の続きを更新します。

 

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