遍路

篠山登頂 区切り遍路33日目 ⑥

貴重な山水ポイントにどうにか辿り着いて違和感を感じた俺。

そして先を歩いていたお山さんがとんでもないことを叫んでます。

 

お山さん「水の音はしてるけど、水は出ていないよ!」

 

俺「ええっ!?」

 

とても恐れていたことが起きました。

事前情報ではタンクのパイプから大量に流れだしていた山水が一滴も出てきていない…。

この山水をあてにして来ていたので非常に困った事態になってしまいました。

 

こんなこともあろうかと…。お山さんがどんな水でもろ過する携帯浄水ポンプを無駄に持ってきていて、

篠山山頂にある矢筈の池と言う不思議な池の水を使う準備もしていますが、それは極力避けたい。

トイレまで戻って水を手に入れるか(飲用不可)、とても遠くて大変だが、お兄さんに聞いた第2の山水まで今から引き返すか…。

日没まで全く時間が無いのに…、水が無くては話になりません。

一応ハイドレーションには多少の水は残っているとは思うけど、この登山で消費したし、明日の昼頃予定の下山までの水は足りそうに無い。

何より、犬もいるし、食事を作るには何するにも水が必要な物しか持っていません。

 

お山さんがタンクの蓋をパカッと開けると大量の水がタンク内に注がれておりますが、どうやら山の下の方に送られている様子。

駐車場のトイレとかに貯水しているのだろうか?

タンクの根元にあるバルブを見てもよくわからない。

幸いタンクへ山水を引いているパイプが破損していて動かすことが出来たので、そこからお互いのハイドレーションとジャグに4ℓずつ補給して合計8ℓの水を手に入れることが出来ました。

山頂まで残り約500mとは言え、この急勾配の山道に4kg追加はキツイが、生き残るための水だ。

勿論、犬が居なければもっと楽が出来る。

今日は風呂も入れないので、この山水を頭にかぶり2人とも水で髪の毛を洗った。

寒いけどそれだけでも救われる。

ハプニングはあったが山水も手に入り、少し休憩した後に再び山頂を目指した。

只でさえ重い荷物に水4ℓ追加は本当にキツくお山さんにどんどん置いて行かれる。

もうあんなところまで…、そして更にあんな高い所まで登らないといけないのか…。

果たしてこれがいつまで続くんだ?

 

この旅で俺のザックの重さは25㎏を超えていたと思う。

出発前に適当に計った時点で17㎏あり、そこから一眼レフ、双眼鏡、トレッキングブーツ、食料、その他諸々、そして旅に出てからハイドレーションや犬の飲み水、調理の水と翌日までの水を積むわけだ。

重さも遊びと今までは気にしなかったが、ここ数回の遍路では只々体力の低下を感じてしまう。

いや、何を嘆こうが、自然や神や仏は、ただ黙って俺を見ている。

甘やかすことも、罰を与えることもない。

泣いても笑っても、そこにある山を登ることに変わりはない。

これは本当に有難いことで、それだけ沢山の選択肢を与えて貰っているということでもある。

 

見守られていることが最大の愛であり、

これこそ最大の受容であると思う。

 

だからこそ、その結果と言う責任はしっかりと受け止めたいものだ。

 

断酒して気づかされたこと。

 

よし、

黙れ。

 

登るんだ。

自分で決めたことだろう。

荷物を背負って山を登るなんて、やっている人はいくらでもいるんだ。

不完全な自分でもいい。

しかし、今より少しでも成長したくて遍路を続けているのだろう?

 

遥か頭上に備中松山城を思わせる石垣が見えてきた。

きっとあれは、あの、観世音寺だろう…。

駆け上がりたくてもそれが叶わない壁、古の遍路達も歩いた険しい修験道を必死に登った。

着いた…。

俺が篠山で一番来たかった場所。

廃仏毀釈により廃寺となり、今は無き四国霊場40番札所旧奥之院、観世音寺…。

紛れもなくここにあった幻の寺。

どんな寺だったのだろう。

この限られたスペースに、どんな寺が建っていたのだろう?と、辛うじて残る石垣から想像する。

あれは風呂釜だろうか?

確かにここに観世音寺があった証。

歴代住職の墓にも軽く挨拶をした。

 

しかし体力の限界は迫っていた。

本来ならこの跡地にしっかりと挨拶を済ませたい気持ちだったが、いざここに辿り着くと立っているのがやっとだった。

 

多くの遍路がここで通夜をしただろう。

ここでいう通夜とは四国霊場でもよく見かける通夜であり、一般的なお通夜とは意味が違う。

遍路をしているとお寺の通夜堂と言われる所を借りて寝泊まりすることが出来る寺もある。

通夜…仏堂で終夜祈願すること。

 

ここまで遍路修行させてもらって辿り着いた観世音寺跡地だ。

この先テントが張れそうな開けた場所があるとも期待できないし、ここで古の遍路達と通夜をさせて貰おうか。

それには最高の場所だ。

 

本音は体力も、心も折れる寸前。

折ろうと思えばすぐにでも折れる。

 

断酒の世界と同じ。

 

駄目だ。

ここまで来たし、今日でしっかり登りきろう。

 

お山さん「私もそうしたい!」

山頂まで30分から40分と言われる第一駐車場からの登りで既に1時間を費やし17時をここで迎えた。

山頂到着予定時間であり、非常にまずいことに冬の日暮れがそこに来ている。

あと20分もすれば日没だろうか?

標高が高い分、日没は遅いのだろうか?

山頂付近の大部分は自然保護のためにネットで囲まれている。

そのゲートを開き最後の体力を振り絞った。

 

大丈夫。

全て背負っている。

何があっても数日は生き残れる。

 

俺はとても弱い人間だから、こうして「大丈夫!大丈夫!」と自分に言い聞かせないと勇気が出ない。

必死に登った。

そして暫くして視界に石段が入った。

俺「三の鳥居だ!!!

 

あと少し!

 

あと少し…

 

段もバラバラで幅も小さく傾いてしまった歩きにくい石段を登る。

そして、

やっと着いた…

ずっと来たかった篠山神社に、やっと着いた…

 

しかし、残念ながら夢見た場所でゆっくりしている暇も体力も無かった。

日没がすぐそこに来ている。

 

今日は時間も体力もここが限界だ。

何処かテントが張れる平坦な場所を探さなくては!

ここは標高1065mの山の山頂だ。

寒い!汗で身体が冷える!

早くテントを張り食事と着替えで身体を守らなくては!

犬もお山さんも休ませなければ!と、どうにかギリギリテントが張れそうなスペースを山頂に見つけ、暗闇に包まれそうな篠山神社に再び挨拶をして、

ゴツゴツした岩の上にどうにか寝ることになった。

連日の結露でテントは重いし、濡れたままで乾かせていない。

1泊2日のキャンプ場とは話が違う。

毎日どこかで野宿しながらテントも寝袋も乾かす暇なく生活をする。

防寒の意味でも寝袋の保護でもシェラフカバーを持ってきていて良かった。

ダウン素材は絶対に濡らしてはダメだから連日の野宿では必需品だ。

 

身体のエネルギーが枯渇したのか、今までにない辛い状態となってしまった。

必死に夕食で栄養を送るが全然足りない。

ヤバい…。

 

そこにあったのは前日にお接待でいっぷく堂のおっちゃんから貰ったバター飴だった。

俺はこの日、このバター飴に助けられたと思うほど、この飴を何個も食べて身体の調子を取り戻した。

 

いよいよ明日。

明日が本番だ。

 

今日じゃない。

明日が難関だ。

 

殆んど人が歩かなくなった篠山、歩いても愛南町へ打ち戻る篠山。

しかし明日、俺たちは殆んど人の通らない昔の遍路道を探しながら下山して満願寺まで打ち抜ける。

それは登山道ではなく、紛れもない篠山の裏参道だ。

 

沢山調べてきた。

しかし残念なことに明日は雨予報。

明日の雨や、遭難の可能性のある移動の計画をどの程度にするか話し合った。

下山したらその時点で秡川温泉にも入る。

本来なら明日は満願寺まで歩く予定が、そのずっと手前で泊まる確率が高くなった。

 

その結果、衣類の洗濯も、

宇和島まで持たせるはずの食料も、予定上で足りないことが判明した。

明日の遭難の可能性を外したとしても、それでも明日までしか食料が無かった。

篠山道には殆んど店が無いんだ。

 

そこで残りの米4.5合を3等分して明日の昼は非常食のリゾットのみとする。

これで明後日の朝までは犬の分まで食料が確保でき、明後日の昼までに宇和島の街に駆け込めばいい。

それか秡川温泉に食料が無かったとしても、明日の夕方には御槇の福田百貨店と言う雑貨屋に飛び込めるだろう。

そこに期待してとりあえずやり過ごすこととなった。

 

あれだけ積んでいた食料が…、足りないとは…。

 

この日の夜は星がとても綺麗だった。

夜景はほんの少ししか見えなかったが、沈んでいく夕日のグラデーションがとても綺麗で、

本来こんな場所にテントを張って許されるかも分からなかったが、行者の生命維持と言う言い訳で素晴らしいものを見せて貰った。

本当に自然は奇麗だ。

何故、日常を生きていたらこれが感じれないのだろう。

百薬に勝る遍路…、心の洗濯、精神障がい者である俺の心は確実に癒されている。

普通に生きていても見れない宝は、実はそこら中に落ちているんだ。

今日の修験道はとても大変だったけど、1日で登り通せて本当に良かった。

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