車中泊旅

遂に恐山道へ 新潟・東北車中泊旅6日目②

下北半島の浄土“仏ヶ浦” 新潟・東北車中泊旅6日目①からの続きです。

 

恐山のある下北半島の先端部分を時計に例えたとしたら、恐山は3時付近、昨晩宿泊した大間崎テントサイトが12時付近、先ほどまでいた仏ヶ浦が9時付近と言えます。

小さいと思っていた半島の先端も12時方向のキャンプ場から9時方向にある仏ヶ浦まで約1時間の移動となり、そして今から6時方向を経由して4時方向付近から恐山への登山を開始します。

距離は約70kmの80分かかる予定で、途中の展望などは殆んどありません。

「遠いねぇ…」と明後日の夜には宮崎の自宅まで帰らないといけない焦りの中、途中にあった道の駅かわうち湖の寂しさにもガックリする。

やっと青森県むつ市まで戻り、いよいよ恐山へ登り始めるといった交差点の角っこに道標石を見つけ飛び寄った。

俺「ちょっと!車停めて!!!!そこ!そこ!マジかー!遍路石がある!!!」

2個の石柱と、その横に地蔵さんが祀られている祠があったので興味深々で分析に入る。

遍路をしていても一番の楽しみと言っていいほど大好きな遍路石であるが、まさか恐山にきて“恐山道”と彫られた道標を目にすることがあるとは。

想像すらしていなかった出会いにとても嬉しかった。

“是〇 恐山道”の〇は何と言う文字なのだろう?

他にもうっすら文字のようなものが見えるが解読出来ない。

こちらはお馴染みの指さしと、その下“うらり”?と読めない文字が。

今でも拡大して分析しておりますが特定できませんし、ネット上にもここの石柱の写真や情報は見つけられませんでした。

なんて書いてあるのでしょうか…。

一応分析してみると、

一文字目:“う”、“くつ”、“ら”、“そ”とも見える。

二文字目:“ろ”、“万”と見える。

三文字目:“り”、“町”とも見える。

四文字目:埋まっているが恐らく“道”で間違いないだろう。

祠には地蔵さんと観音さんかな?

ここからがいよいよ登り始める訳ですが、恐らく我が家の使う道は途中までメインルートではなく裏道となります。

つまり先ほどの道標に彫られた文字は“うら道”?とも思ったが、文字が数足りない。

恐山への道中は、古い丁石と、失われた場所には大理石っぽい新しい丁石が補充されております。

所々にはそれとは違った石碑や石仏も見られて、「本当に霊山っぽい…」と独特な雰囲気の山道に興味津々で窓から外を眺めていました。

目的の一つとしていた湧き水にも立ち寄ります。

前回も飲んだこの水ですが、改めてそう言われると確かに美味しい水でしたね。

衛生の面もあるでしょうが、車中泊旅や歩いて野宿旅している時はこうした山水はかなり活用しております。

水も買うと高いし、2ℓペットボトルの処分には困るしで、今回の旅でもあちこちの山水を活用しました。

暫く走ると、いかにも恐ろしそうな恐山にお似合いのゲートを潜ります。

山門と言うのか、鳥居では無さそうですが、ここからがまた一段と聖地になるのでしょうか。

そこからまだ山を登り、恐山菩提寺のある宇曽利山湖に到着しました。

恐山菩提寺の少し手前にある三途の川は絶対に立ち寄りましょう。

現在は老朽化により渡ることは出来なくなっておりますが、苦しみ、死に場所を求めながらフラフラと日本を旅して初めてここに訪れた時は、大泣きしながら『生まれ変わろう!』とこの橋を渡った思い出があります。

恐山の過去の日記

現地に来てみないと伝わりませんが、きっとここは死後に訪れる世界と信じれる程に美しい場所です。

宇曽利山湖は言葉を失うほど美しく、静かな空気、火口湖を囲む深い森に住む動物を想像していると、まるで極楽浄土にいるような感覚で見入ってしまうことになると思います。

それは恐山菩提寺境内に入ってからの話になりますが、とりあえず、入りましょう!

ここを目指して宮崎県都城市から青森県の恐山まで車で走って来たのです。

 

それにしても、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、これを書きながら解けた謎が一つあります。

古くは宇曽利山(うそりやま)と呼ばれた恐山。

なるほど。

“うそり道”が正解でしょう。

スッキリ。

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