遍路

刺された犬 区切り遍路29日目⑥

本性を現した槙の谷 区切り遍路29日目⑥からの続きです。

 

槙の谷ルートの遍路道らしい遍路道に入ってすぐに草に苦戦した。

やっと草を抜けたと思ったら、いよいよ本格的な登りに入る。

目指すは標高730メートルの八丁坂との合流地点。

先ほどの素鵞神社で既に時計の標高は調整済みだ。

予想外にもその先は道が整備されていた。

歩きやすいともなるとクウが先頭切って歩き出す。

途中に廃墟と家の基礎のようなところが数ヶ所見られた。

それを横目に息を切らしながら必死に登る。

ここにも鯖さんの黄色い道標があった。

これを見るたびに「鯖さんあった!」と後ろから聞こえるのが我が家の恒例。

登りだして暫くは道標も多く、道脇にお地蔵さんを何ヶ所も見かける。

後から振り返っても、この道には鯖さんの黄色い札が多かった。

この黄色い札は本物の遍路道にしか無いと思っている。

そして励ますように苦しい所にいてくれる。

しかし、平和は長くは続かなかった。

上に行くにしたがって草が伸びはじめ、遍路道も複雑になっていく。

勿論、登る角度も厳しくなってきた。

 

「あれ?ここは真っ直ぐ道が伸びてるけどなんか怪しい」

 

何故かこんな感が働く俺は、四国のあちこちで立ち止まり周りを見渡す。

真っ直ぐ伸びる道と、草が生い茂った道なのか道じゃないのか左にある不自然な隙間。

 

「やっぱりあったか…」

 

目を凝らすと草に埋もれた遍路道標が目に入った。

綺麗な道はきっと林業の道なのだろう。

滅多に遍路も通らないこの遍路道より、林業の道の方が今となっては道らしいのは当たり前の話だ。

そんな注意ポイントがこれから何ヶ所か現れる。

 

四国各地の遍路道は道路や鉄道の発展により切り裂かれ消滅した。

それは自然なことなのかもしれない。

しかし廃城令や廃仏毀釈などもそうだけど、失って初めて気づく大切なことは本当に多い。

 

後に衛星写真でこの辺りを確認すると林業によってズタズタに切り裂かれた地点だった。

その迷路を人が歩くことのなくなった古道を見失わないように歩くことの難しさは想像できると思う。

俺は初めて四国を歩いた時、別格7番のある出石(いずし)山中で唯一道を間違えた。

林業の道を進んでしまい隣の山の中を歩いて迷っていた時、たまたま出会った椎茸農家の人にその事実を教えてもらったことがあった。

 

「あんた、隣の山に来てしまっているぞ」と、アスファルトではない獣道でバッタリ幸運にも人と会うことが出来た。

 

日常では立ち入ることはないが、我々がアスファルトを道と思い込んでいるだけで日本の山の中には林道や山道が結構多く走っている。

四国の山の中には遍路道しか無いと思っていると大変な目に合うし、意外にもこんな時に限って間違った道って目の前にあるものなんです。

いよいよ本格的にヤバくなってきて急勾配に背丈ほどの草が生えている。

辛うじて道であることが分かるが視界は草に遮られて悪い。

一応準備したナイフも草を切りながら進んだところで何の役にも立たない。

複雑に走る重機のキャタピラー痕の道とそれに交差する遍路道。

 

「ここはどっちにすすめばいい…?」

 

こんな時は落ち着いて立ち止まれ。

こんな時こそ周りをよく見渡すんだ。

「あった…」

 

道を見極めながら、そして後ろが歩きやすいように草をかき分け踏み倒しながら必死に歩いた。

ここまで来れば取り合えず上を目指して歩けば間違いないはず。

クウはすっかり俺の後ろに隠れ自分の背丈を優に超える草に苦戦している。

俺はいくつものクモの巣に引っ掛かり、それに「うわっ!」と驚くとクウからは後ろに引っ張られ、「危ない」と怒ると更に後ろに引っ張られた。

俺を露払いとして先を歩かせているお山さんは後ろから、苦戦している俺の苦労も知らずヤジを飛ばす。

急勾配の坂道で20キロもある犬から後ろに引っ張られる危険性が分からないのだろう。

 

この少し前に話は戻る。

 

俺はある分岐点でナイフを閉じていたのか、カメラを直していたのか立ち止まっていた。

ずっと「ブゥゥゥゥ~~~~ン」っと、虫の飛んでる低い音がしていたのは知っていた。

「カナブンとかそれ系だろう」と音からして大きい虫だと思っていた。

仮に蜂だとしてもあいつ等は無差別に人を襲わないはずだ。

後ろでお山さんがそれに対して慌てているのにも気づいていた。

しかし、その音が俺の横を通り過ぎた時、大きな蜂が視界に入った。

 

そしてその蜂がゆっくりとクウの側面に止まり、

 

キャイィィィン!!!

 

俺の見たことをそのまま伝えれば、クウを刺した大きな蜂は針がクウの側面に刺さったままひっくり返ってぶら下がっていた。

 

俺「クウが刺されている!!!」

 

足場の悪い草藪の中から引き返し、すぐに蜂を払い除けるお山さん

蜂は黒い色に反応すると言うが、クウの毛の黒い部分に反応したのだろうか?

何もしていないのに急に襲われてしまった。

「どうしよう!」と刺された患部を二人で探すが痕跡は見つけられず、しかしクウは悲鳴をあげ続ける。

こんな時はどうしたらいい?とスマホでペットが蜂に刺された時の対処を調べるが、ここは民家すら無い山の中。

 

俺は静かに両手を頭上に広げ「愛媛の皆、オラに電波をわけてけれ」

 

どうにか電波を拾ったお山さんが、水で毒を流すか、針を探して抜いたほうがいいと言った。

どうやらスズメバチ1匹に刺された程度ではアナフィラキシーショックは起きないらしいが、それにしてもこの毛むくじゃらの何処を刺されたと言うのだろうか?

取り合えず貴重ではあるが持っていた水で刺された推定箇所をどんどん洗い流し、それだけでも悲鳴をあげるクウの患部を無差別に揉んで毒と針が抜けることを祈った。

 

(ほら…、やはり犬連れ遍路なんて無理なんだ…)

 

頭の中にこれが占めて、万が一の時はどうするのだと悩んだ。

幸いにもクウはどうにか歩けそうだ。

しかし、暫く山を登り八丁坂手前の水峠の山頂に着いた頃、ついにクウがひっくり返って腹を見せギブアップした。

よりによって酷い草藪の中で寝っ転がり「もう歩かない」であった。

 

毒が回ったのか?と最悪が頭をよぎる。

 

よし、俺がクウを担いで山を下って動物病院まで走ろう。

しかし車の回収も遠いし、まだまだ山の中…、タクシーだって見つかるか…。

そもそもペットがタクシーに乗車できるって言うのか?次々と頭の中で展開を予想する。

 

(駄目だ、もう遍路は引退しよう。こんなの遍路じゃない。やってられるか…)

 

そう考えていると、クウのお腹が腫れていることに気付いた。

「見て!やっぱり刺されてる!!!」

そこを再び水で流すと悲鳴をあげるクウ

どうしようか、ここにいてもどうにもならないぞ。

クウに歩いて貰わないとどうにもならない。

もう少し歩けば八丁坂の休憩ポイントなはず。

 

よし…、クウを煽てるか…(めんどくせぇ)

 

俺はしょうがなく声のトーンを少し上げてこう言った。

俺「クゥちゃ~ん、凄いね~、頑張ってるねぇ~!」

それに便乗してお山さんもこう言った。

お山さんクウちゃん偉いね~、頑張ってるよ~!」

クウ「えっ!そう!?」

俺にはそう見えた。

 

俺「よし、もっとだ!」

 

クゥ~ちゃん👏クゥ~ちゃん👏」

 

クゥ~ちゃん👏

 

クゥ~ちゃん👏

つぶらな瞳に、

 

灯る🔥闘志🔥

 

表情にも張りが出て、

伸びるシワ。

 

よし、もっと煽てろ!もっとだ!

 

クゥ~ちゃん👏

 

クゥ~ちゃん👏

 

そして立ち上がり元気に歩くしわしわ

歩き出してすぐに八丁坂に着いた。

 

あー、あ、俺は何をやってるんだろう…。

もう遍路やめようかな。

 

願以此功徳(がんにしくどく)

普及於一切(ふぎゅうおいっさい)

我等與衆生(がとうよしゅじょう)

皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)

 

これに御気づきの方もいらっしゃるでしょう。

願わくはこの功徳を以って普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん(ことを)と、遍路の皆さんにも馴染みのあるお経です。

 

この功徳とは何かを考えたことがあります。

『行い』

特に善い行い。

功徳を積む。

俺はどうしてか修行的な印象を持っていること言葉ですが、

以前、遍路に人を連れてくることも功徳と聞いたことがあります。

別に功徳を積もうとか考えたことはありませんが(ネジ曲がった人間性を修正したい)、

今までまぁまぁな数の人を遍路に連れてきました。

だからと言って、

 

犬は連れてこんでいいやろが。

俺の前世はどれだけ罪深いことをしたんだ?

 

あっ、心当たりある。

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