16時に久万高原町の駐車場に車を停め44番札所大宝寺前を通過して、裏山の峠御堂入口まで辿り着きました。
以前は名も無き峠と呼んでいたのですが、正式名称は峠御堂(とうのみどう)と呼ばれ、それなりにキツイ峠です。
今晩はこの山中でテント泊の予定で、翌日の千本峠に備えます。
と言うわけで、今日は風呂に入れるはずもないので今から汗を掻くことに気が重くなります。
どちらかと言うと苦手意識の強い峠ですが、本日は雪も残り寒い峠越えとなりました。
流石にガチガチに凍った氷まであるとは想像しておらず、今晩と翌朝の冷えが思いやられます。
苦手意識の強い峠御堂でしたが、今日は全く距離を歩いていない為すんなり登りました。
とは言え背負っているものは20㎏を余裕で超えているので汗は沢山掻きます。
峠には地蔵さんと遍路石。
この異常に前傾姿勢のお地蔵さんを見るたびに俺は思い出し、笑いが出てくることがあるのです。
俺が11か月間を過ごした精神病院には座禅と言うものがあり、早朝と夕方の2回座禅を行っていました。
その頃、10年以上入院していたベテランが座禅中にこんな姿勢で座っていたのを、余りにもそっくり過ぎて思い出し、笑いが出てきてしまうのです。
本当に精神病院と言うのは皆さんが思っている以上に色んなドラマがありますので、こうして思い出すことも多く、
当然、四国の方との交流もあり、見た目が超厳ついのに純粋すぎるおっちゃんと一緒に、精神病院のトイレのトイレットペーパーを三角織りして回ったのも、その人の地元である宇和島を通るたびに思い出します。
人生 即 遍路ですねぇ。
峠を越えると雪が目立ちだしました。
日の当たらない裏側になるのか、雪に慣れていない九州人なので下り道と雪、そして背負っている重い荷物には本当に慎重になりますね。
大抵の道はスリッパで歩いているので、今日もそうなのですが、雪にスリッパはいけません。
とは言え、もうすぐそこが目的地なので、慎重に、慎重に歩きます。
結論から言えば、翌朝含め2度転倒し、滑った数は結構ありました。
踏ん張った際に左膝の筋を延ばしたのか、これを書いている2週間後もその痛みは治まっておりませんが、この翌日から長距離重いものを背負って歩いているので問題ないってことです。
こうして見るといい遍路道です。
雪が似合いますね。
時々、木々の隙間から雪をかぶった高い山が向こう側に見えますが、恐らくあれは西日本最高峰の石鎚山でしょう。
久万高原と西条市に挟まれるようにある山だと記憶しています。
2度は登ったことがありますが、それはロープウェイ利用の点としての登山。
いつかは横峰寺からモエ坂を下って今宮道から山頂を目指したいと思っており、現在でも食料やテント泊の計画を立てておりますが、なかなか難しそうな旅となりそうです。(何より犬が…)
道端に倒れる遍路石の上には太いつらら。
さすが平均標高800mの久万高原町ですね。
17時過ぎに野宿予定地に到着しました。
峠御堂を下る手前にある朽ち果てた休憩所です。
出来るだけ平らな場所を選び、寒さも強いので急いでテントを張りました。
一応俺は峠御堂を下り、もっといい野宿地がないか探してみましたが、ここ位しかなかったです。
ふかふかの落ち葉や枝の上に分厚い苔が生えており、今日は硬い地面で寝ることは回避出来そうです。
周りにはテーブルやベンチもありますが、腐り始めております。
奥には祠もあり、馬頭観音さんのような仏さまが祀られております。
今晩は一緒に眠らせて下さい。
写真をよく見るとわかりますが、テントの上には黄色いあの子も。
お山さんは「鯖さんの下で眠れるー!」と喜んでました。
いったい、何がそんなに嬉しいのでしょうかね?
一応近くに野宿スポットと言われる大きな公園があり、水道やトイレにも恵まれているでしょうが、最近の我が家はそういう場所よりも、ひっそりとした場所を歩きながら探す方が強くなりました。
その為に荷物も重くなりますが、極力公園などは避けたいと思っています。
移動日だった今日は宮崎県の南から愛媛の久万高原町までの移動で終えました。
愛媛県なので九州からはかなり近い位置ではありますが、やはり長距離移動と出費に参ります。
何よりも一番の負担なのは船の時間です。
最近は予約を入れるようにはしているのですが、間に合うかの心配や、一便早く着くことを無理して意識してしまったり、2航路あるどちらを選ぶとか、思っている以上に精神的負担は大きいです。
この日は出発直前まで中止を検討するほどの喧嘩が起きていたので、予約無効の時間に到着となり、果たして船に乗れるのか、今まで何度も船に乗り切れなかったのを経験しているのでヒヤヒヤしてました。
と言うわけでここまでこれたことに100点満点をつけて、今晩は寒い山中でおやすみなさい。(人によっては怖い山中)